イワタニの歴史は、日本のLPガスの歴史です。

岩谷液化ガスターミナルIWATANI LIQUEFIED GAS TERMINAL

イワタニの歴史は、日本のLPガスの歴史です。

イワタニがLPガスを手がけたのは1953年。以来、取扱量も年々増加し、日本の総合エネルギー政策の一環としてLPガスにも石油と同じく備蓄が義務づけられる中、安定供給に向け本格的な輸入基地建設に取り組んできました。1980年に完成した堺LPG輸入ターミナルは、そうした内外の期待を集めて建設されたLPガス供給の中枢を担う基地です。1981年春にサウジアラビアとの直接取引契約による輸入を開始、1992年4月にはサマレックとの長期供給の調印をするなど、文字通り輸入から消費までのLPガス一貫供給体制を築いています。また、中東産ガス国からのLPガス輸入専用船として、1990年6月にパシフィック・ハーモニー号(42,700トン積)が、そして1991年11月にはパシフィック・センチュリー号(44,400トン積)が相次いで就航し、LPガスの輸入・供給の安定強化を図ってきました。一方、21.5万トンキャパの大分液化ガス共同備蓄(1987年完成)への事業参加に続き、1994年には、東日本の要となる22.5万トンキャパの鹿島液化ガス共同備蓄が操業を開始し、全国各地にLPガス基地やガスセンターの新設、拡充を進めています。

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